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立浪和義選手がいた、中日ドラゴンズを応援するために立ち上げました!

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まだ終わっちゃいないケド、、、、

今日だけ、泣かせてもらいますね。。。。
立浪くん・・・・。
あいさつから、何から、全部コピーします。

最後の最後まで立浪和義はヒーローだった。1度、2度、3度、仲間たちに支えられ、背番号の数だけ宙に舞った。恩師、先輩らに見守られ、笑顔で引退セレモニーを演じていた。3万8280人のファンや関係者、すべてが興奮し、感動し、涙した。そんな最高の夜だった。
あまりにも格好いいフィナーレだ。2年ぶりのスタメンは「6番・一塁」。地鳴りのような大歓声と無数のフラッシュに見事に応えていく。2回先頭が右前打、4回2死からは中前打。そして9回無死一塁では巨人・越智の直球を右中間に運んだ。3安打目は何とタイムリー二塁打だ。猛打賞は5打数5安打を記録した06年6月30日の広島戦(ナゴヤドーム)以来、3年ぶり。試合を二塁塁上で終えると、ハイタッチする巨人の選手たちと握手であいさつ。巨人・原監督とは抱擁して笑顔で主役を務めた。
(中日スポーツより)
感動しちゃうよね・・・・。
仕方ないわよ。
でもね、「フィナーレ」は、まだよ。まだまだまだまだ。
「ナゴド公式戦最終日」っていうくくりだけ。
公式戦も残ってるし、
日シリ、あるんだから。

「(9回は)最後の打席だと思ったんで、思い切っていったらたまたま二塁打になって。(歴代トップの)二塁打には縁があったんだなって思いました。きょうはこのような起用をしてくださった監督に感謝しています」
必死だった。26日の練習中に持病の腰痛が悪化。直後は歩くことすらままならない。この日も午前10時に自宅を出発して向かった先はナゴヤドームではなく名古屋市内の病院。打撃練習は5日ぶり。試合前に正式な引退会見に臨んだが、出場については「何とか出たい」と答えるだけだった。だからこそ落合監督の配慮でプロ入り初の一塁を守ったが、こんなエンディングは誰も予想できなかった。
(同)

まりがと、落合監督・・・・。
立浪くんに対しての、キモチは格別なような気もします。
ま、ダレもが、立浪くんに対しては、一定の評価がないと、
私は、おかしいと思うのですが。
プロ野球ファンならね。
うちのパパなんて、だから嫌いなのよ、野球の話するの。
最近の若い選手、坂本(巨人)とか、由規(ヤクルト)、
楽天のまーくんとか、すごいなってさ。
わっけー選手が好きなんだと思えば、
小久保はすごく好きみたいで・・・・。
そりゃパパの勝手ですが、立浪くんのすごさを、思い知れ!!!!
「小久保が打てばチームが盛り上がるもんな」とか言うの。
そりゃわかるし、私も小久保は好きだわ。
でもね、立浪くんのすごさ、わかって欲しいのよ、パパには。
きっと、こんなんだから、私は結婚も出来ないんだろうな・・・・。

でも、どうしてこんなに、ストーリーが出来るのかしら?
最後が2塁打ってさ、出来すぎじゃない?
やっぱし、野球の神様って、居るのよ。
がんばってきたヒトには、ついてるんだわ。

1987年11月18日、運命のドラフトはたった1人、保健室のテレビで見ていた。南海ではなく、中日がクジを引いたとき、心から喜んだ。あれから22年間、背番号3は輝き続けた。03年には史上30人目の通算2000安打を達成。05年には通算二塁打数が歴代トップになった。今年8月8日には安打数で長嶋茂雄氏(元巨人)を抜いて歴代単独7位になった。
立浪和義はドラゴンズの象徴である。だが、王様だったわけじゃない。先輩、後輩に気配りができる。今年3月もそうだった。オープン戦前、レギュラー目前だった藤井にこう話した。「いまは大事な時期だから外に行くな。その代わり、オレが飯に誘ってやる」。これが立浪流の“外出禁止令”。スタッフへの気配りも人一倍だった。9月最後の広島遠征、初戦の夜は打撃投手たちを、2戦目の夜はトレーナー陣を食事に招待した。だから人はついてきた。
「きょうは楽しんで野球をさせていただきました。またいつか皆さんにお会いできるよう、これからの人生、たくさんのことを勉強し一回りも二回りも大きくなって帰ってきたいと思います」。引退セレモニーは終わったが、まだポストシーズンが残っている。恩師である星野元監督(現阪神SD)に引退を報告したとき、こう言われたという。「和義、人をうらやましいと思ったらダメだ。人にうらやましいと思われる人間になれ」。残りのポストシーズンも、ユニホームを脱いだ後も、再び着るときも…。立浪和義はきっとぼくらのヒーローであり続ける。
(同)

星野SDにも、まりがと、言わなきゃね。
クジ引き当ててくれて、開幕から使ってもらって・・・・。
「和義」って呼んでるのかしら?立浪くんのコト?
私も、呼んでみたいケド、一生無理。
私の中で立浪くんは、「立浪さん」でもなく、
私より当然年上なのですが、「立浪」なんて言えないし、
「タツ」とかも言えない。
「立浪くん」は立浪くん。または「立浪キャプテン」。
私が男子に生まれてたら、
もっと、違う方向で好きになってたかも。。。。
ちょと病気入るくらいかも?

立浪くんのあいさつ、全文。中日スポーツより。
縁があって中日ドラゴンズという素晴らしい球団に入団することができ22年がたちました。たくさんの方々に支えていただき、たくさんのファンの皆さまに応援していただき、ここまでやってくることができました。

 プロ野球の世界に入る前は、今日自分の最後のユニホーム姿を見に来てくださった清原さん、桑田さんにあこがれてプロ野球選手を目指しました。

 プロ野球選手になる前はこの体でこの世界でやっていけるのかなという不安ばかりでしたが、プロに入ってから、そして今まで、体が小さいと思ったことはありません。ただ、負けん気だけを持ってここまでやってきました。昨年引退を表明しここまできましたが、なかなか皆さんの声援に応えるバッティングができなくなってきました。

 僕の理想である野球は、「打って走って守る」。自分には守ることと走ることが衰えてきたのでユニホームを脱ぐ決意をしました。代打にまわってからの3年間半、毎打席温かい声援と激励をいただいたことはしっかりとこの胸にしまいこみ、またいつか皆さんに恩返しができるようこれからの人生たくさんのことを学び、勉強し、一回りも二回りも大きくなって帰ってきたいと思います。

 22年間、常にプレッシャーの中で戦ってきましたが、今日一日は楽しく野球をやらしてもらえました。最高の花道を用意してくださった中日ドラゴンズ関係者の皆さん本当にありがとうございました。そして最後に代打として最後の生きる道を与えてくださった落合監督、たくさんのサポートをいただいたコーチの皆さん、そして最高のチームメートに恵まれ、最高のファンの皆さんに囲まれて幸せな野球人生を送ることができました。

 この体も今までよく踏ん張ってくれました。ただただ、感謝の気持ちでいっぱいです。これで心おきなくバットを置くことができます。全国のドラゴンズファンの皆さん、そして私を応援してくださった野球ファンの皆さん、22年間本当にありがとうございました。


そして独占手記も、もちろん、
残しておきます。
ドラゴンズという素晴らしい球団に入団して22年がたったんですが、いま思えば名古屋という土地、ドラゴンズという球団、指導者、あらゆる環境がそろったことでドラゴンズ一筋で野球ができた。何か1つでも欠けていれば、いまの自分はなかったと思うんです。

 22年間、いろんなことがありました。いい思い出もあれば悔しかったこともある。でも、ふと振り返って思い出すのは悔しいことばかり。野球って10回打席に立って3回打てばいい打者といわれるけど、その間に7回も失敗している。だから悔しいことの方が多いんですよ。昔はサヨナラエラーをして眠れなかったこともある。10・8(1994年10月8日に行われた巨人と同率で迎えた最終戦)なんて本当に悔しかった。その中で自分の糧になった節目を紹介します。

 1年目に開幕スタメンやリーグ優勝、新人王まで獲得させていただきましたが、2年目に右肩を痛めてしまった。そのころは簡単に治ると思っていたんです。それが…。予想以上の重症で、2年目はほとんど2軍で過ごしました。ただ、新たな発見があったんです。当時は阿久比でリハビリをしていたんですが、ファームの選手が何試合かナイター観戦した。そのとき、こんな素晴らしい舞台で野球をしていたんだなって気づかされたんです。また戻らないとって。だから頑張りました。3年目の開幕戦(90年4月7日の大洋戦=ナゴヤ球場)の1打席目でホームランを打ったときは、本当にうれしかったですね。

 99年の2度目のリーグ優勝も格別でした。1年目に優勝したから、もっと頻繁にできると思っていた。それが10年間も遠ざかってしまったんです。あのころは優勝に飢えていました。9月30日のヤクルト戦(神宮)で逆転勝ちして優勝を決めましたが、最後がセカンドフライ。あの日は3回に落球していましたからね。打ち上がった瞬間、投手と捕手はもうガッツポーズしている。ちょっと待ってくれよ、って。(ミスを)またやったら同点になるなと思いつつ、両手で拝み取りをしたのを覚えています。でも、自分にとっては初めてのビールかけでしたし、心から優勝の喜びをかみしめました。

 もう1つの節目はレギュラーを外れた06年の7月ですかね。正直きつかった。プロ野球は力の世界、力がないから出られない、というのは分かっていても、最初は切り替えができなかった。そのときに助けてもらったのがファンの方の声援です。本当は自分はレギュラーで試合に出られなくなったら終わりだと思っていた。それが代打で出たときに鳥肌が立つような大きな声援をいただいた。もう1回頑張らないといけないって思ったんです。何とか期待に応えたいという一心でした。

 昨年のオフに引退を表明して、最後まで結果にこだわってやってきました。実はレギュラーで出ているときは代打なんて楽だろうと思っていた。でも代打をやって分かったことはレギュラーは体がキツイけど、代打は精神的にキツイ。昨年、代打で結果を残せなかったとき、心の限界にきていた。代打で3割を打っても7回失敗したらその間が長いんです。レギュラーはその日打てなくても次の日がある。ましてやあれだけ声援をもらって打てなかったら、ものすごく責任を感じる。申し訳ないって。昨年はやめたいって思いました。でもこのまま終わるのは悔しい。最後の力を振り絞ろうと引退を表明したんです。

 22年間、応援してくださって本当にありがとうございました。それほど大きくない体でここまできましたが、負けん気だけは持ち続けた。それと自分の中で守ってきたのは、野球をやらせてもらっているのは幸せだと思うことです。夢の世界に入れて、ファンの方にも応援してもらえる。苦労やしんどいなんて言ってはいけないと自分に言い聞かせてここまできました。

 指導者にも恵まれたと思います。小、中、高は厳しい指導者のもとで耐え忍ぶ精神を学んだ。プロに入ってからも、まずは星野監督には運命的にクジを引いてもらい、厳しい環境で野球をやった。プロ生活の最初にそういう監督の下でやれたことが長くできてきた要因だと思います。高木監督に代わって今度は自主性に任せてもらい、責任感が芽生えた。山田監督には4番を任せてもらったことで、自分がもう1回生き返った。そして落合監督には代打として生きる道を与えてもらった。いまは4人すべての監督に感謝しています。

 打てるときも打てないときも、いつも温かい声援をいただいたことは一生忘れることなく自分の胸にしまいこんでいきたい。いまはファンの皆さま、恩師、先輩、仲間、関係者、支えてくれた家族、すべての人に感謝するばかりです。でも、引退セレモニーは終わりましたが、まだ今年は終わっていない。きょうは楽しんで野球をさせていただきましたが、最後の最後まで結果にこだわりたい。ただ、もう1度だけ言わせてください。22年間、本当にありがとうございました。


ダメだ・・・・。涙が・・・・。

はい。
まだ今年は終わっていないです!!!!
今日は、1日遅れてますが、
私は、泣かせてもらってます!!!!
結果にこだわりたい!!!!
必死で、自分に言い聞かせてます。

立浪くん?
もう1度だけ、じゃ足りないわよ。
日本一になって、もっかい、言ってください。

とにかく、私もCSモードに、切り替えなきゃ!

*comment

22年間、お疲れ様でした。 

ontheway2uさん、こんにちは。

立浪選手の引退試合と引退セレモニー、テレビで拝見致しました。セレモニーの途中でテレビ中継が終ってしまって残念でした(;_;)
最後の試合で猛打賞の大活躍、凄かったですね!!興奮しました。

引退会見での「走ることと守ることが出来なくなってきたのでユニホームを脱ぐ決意をした」という言葉が印象的でした。
立浪選手の「打・走・守」への強いこだわりを感じ、とても感動しました。
「今まで一度も楽しんで野球をしたことがない」という言葉には、プロ意識の高さを感じました。

立浪選手、22年間のプロ野球選手生活、本当にお疲れ様でした。
今度は、ドラゴンズの監督として立浪選手をテレビで拝見することを楽しみにしています。
  • posted by ニャロメ 
  • URL 
  • 2009.10/11 11:40 
  • [edit]

RE:ホントお疲れサマです。 

v-238ニャロメさんv-238

コメントありがとうございます!
こんにちは!
テレビ放送、こっちはなかったですよ・・・・。宮崎のβακα..._〆(゚▽゚*)!!!!
でも「Youtube」で繰り返し見て、ボロ泣きしてます。
ココ最近は、立浪くんもケガに悩まされ、あの日も痛み止め打っての、
スタメン直訴だったらしいです。。。。
高校のときから、常勝チームに居て、そりゃ大変だったと思います。
ですが、立浪くんには、普通のヒトには考えられない精神力があったんでしょうね。
えっと・・・・。ニャロメさんのブログのコメントに書いたっけ?
広島の前田が、茶髪にしてたとき・・・・。茶髪嫌いな立浪くんは、
一喝して、200勝してから茶髪にしろと・・・・。
翌日前田は、真っ黒にしたらしいです。
そんな立浪くんの、来季は決まってないようで、私は不安でいっぱいです。
ま、落合監督のは次は立浪くんしか居ないでしょうが。
きっと、絶対戻ってきてくれると信じています。
その姿を見たときは、ココロの片隅1%に、私のコトも思い出してくれたら、
コレ以上なく幸せです。
今後ともよろしくお願いします!

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立浪くんが引退し、かなり熱も冷めましたが、
すこしずつ上がってきています。
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